長男の発達障害が確定するまで①~認めるのはつらいことだと思う。されど・・・~
我が家の長男は
「とてもおとなしいいい子」というのが最初の印象でまわりからもそうでした。
親としても
乳児のときはおむつでは泣かず、おなかが減ったらわかりやすく教えてくれて、
多少大きくなったら一人で車遊びやTVをみたりとおとなしく遊んでくれる手のかからない子というのが赤ちゃんの頃の評価でした。
エピソード1:1歳半検診
おなじみの市の健診ですね。まずこの健診では絵を指して物の名前を言ったり、積み木を積んだり、指差しができるかを確認しました。
言葉がほとんど増えてなかった(単語が数個だけでただけ状態の)長男は絵に関心は持つがほとんど言えず、積み木は大好きで積むが指示には従えずでした。
「最初だからまだ言葉とか出てこないだけかもだけど。経過見たいので3歳半前にもう一回来てもらおうかな」と要観察に。
この時点で気になっていたのは
・言葉は増えない。
・いつまでも親の名前を呼ばない。
・親と離れても泣かない。
ということでした。まだ1歳半だし、言葉が増えてないだけだから、とあまり気にしてませんでした。
実は人物紹介にも書いたように旦那は昔「知恵遅れ」といわれて家族がつらい思いをしたんだというエピソードがある。「知恵遅れ」とは差別用語で今では使われなくなった言葉で当時はまだ使われてました。
旦那の血筋は発達障害の遺伝の可能性があるらしく、結婚した当初は「俺の血筋のほうの影響で障害が出たらごめんね」と話してくれたこともありました。
検診1回目で引っ掛かり、さすがに現実味が出てきたのでネット検索し始める。
だけど、むしろ目が合わせられないとか、人間関係とかで生きづらさを感じるとか私にも当てはまるんじゃね?とか自分自身も心配になることがずらーーーーっとでてきて、私も発達障害なんじじゃ・・・と疑問に・・・
だけど、旦那も私もうちの子そんなにひどくないと思ったし、旦那も「俺の時よりもずっといいから大丈夫だろう」という結論になって、いつか来るだろうあふれだす「言葉の洪水」を期待してこのときはなにもせず様子見ました。
エピソード2:2歳4か月健診
健診に引っ掛かった子たちがよばれる特別枠っぽい市の健診。
待っている人は1歳半に比べるとまばら。
こんなに要観察はすくないのかと居心地の悪さを感じました。
さらに前に座る席のお子様はすっごいしゃべっている。
「え、ちょっと。我が子そのレベルに至ってないんですけど」
と焦り始める。
保健師の面談では最初の簡単な指示には従えたけど。
次第に集中力が切れて長男は指示に従えず、しまいには椅子にも座ってられずウロチョロと動き始めちゃいました。あちゃー・・・
次にDrの診察へ。指でつまんで図形をはめる簡単なパズルや、ひらがなの積み木など出されて長男楽しそうに座って夢中にやり始める。
「ちゃんとお座りできているし、数字もひらがなもわかるし、うちの子は大丈夫と言ってもらえる」と祈るように我が子を信じてみた。
「う~ん、成長の歪さを感じます。できるところはできているんですけど、偏りがある。もしかしたら、3歳までに整うかもしれません。3歳半健診でもし変わらなければ医療機関を紹介しますね」
が~~~ん
古典的ですが、本当に頭に岩か何かが落ちてきたような衝撃でした。
きっと大丈夫と信じていたけど、そうじゃなかった。その時のショックは大きかったです。
この時点で気になっていたことは1歳半のことに加えて。
・集中力はあるが、あっちで遊んでいたと思ったら次のことをしていることがある。
・保育園での話題が一切出てこない。
・手をつないでくれない。
・抱っこを嫌がり、歩きたがる。
・挨拶の時、目を合わせてくれない。(合わせて言おうというと余計に合わない)
もうほぼ発達障害は確定しているのかもしれない。
ただ単に親が信じたくないだけかもしれない。
もう認めて動くのがこの子のためになるかもしれない。
そういう気持ちがだんだんと大きくなってきました。
身近に子供が発達障害があるということで離婚した人がいました。
発達障害の子供がいるという恥ずかしいという親がいると聞きました。
特殊学級にいる子たちを馬鹿にする親や子供をみてきました。
私は上記をとても苦々しい思いで見てました。
ちょっと成長の枠組みをはずれたものを差別するのは私の中ではありえないこと、と思ってましたから。
自身と家族の身に降りかかってもそれは変わりないです。
されど、発達障害はやはり生きていくのにはつらいハンディキャップになる可能性が高い。
うちの子はおとなしくて、一人で世界が完結してしまうような子だから、クラスでおとなしく目ただない先生の手がかからないことしてそのまま落ちこぼれていき、しまいにはいじめの対象になるのではとまで考えました。
いじめはつらい。
私も旦那も元々いじめられっ子です。
そのつらさを知っているのでうちの子にはその思いをさせたくない。
ならば・・・親ができる最大限はこの子のために動こう!
2歳4か月健診で要観察になったとき。
私は親として子供のために動く決意をしました。